裏側矯正の歴史 - フジタメソッド
裏側矯正の歴史
裏側矯正の歴史を紐とくと、1971年に東京医科歯科大学の三浦教授らが、歯にブラケットを直接接着させる方法を開発したことが大きなきっかけとなっています。その後、神奈川歯科大学の藤田欣也先生がマルチリンガルブラケット法(内側矯正、裏側矯正)を開発したことから裏側矯正の歴史が始まります。藤田先生は1978年に最初の英語論文を発表し、さらに1979年、1982年にはアメリカの矯正歯科学会誌に治療例を含めた論文を掲載しました。しかし、残念ながら、当時裏側矯正はそれほど普及しませんでした。それは当時の環境、特に歯科医師不足、矯正歯科医の数も現在とは比べ物にならないほど少なかったことが原因と考えられます。
アイ矯正歯科クリニックと裏側矯正
当クリニックの院長は、歯科医師になって以来、裏側矯正を用いた治療を行っています。院長が矯正歯科治療を志したのは1985年のことです。当時、矯正治療がまだ一般化したとはいえない日本では、成人になっても多くの方が歯並びの悪い状態のままでした。いざ矯正治療を始めても、今度はブラケットが目立ち、好奇の目で見られたりもしました。その傾向はいまだに続いているかもしれません。
当時、多くの患者様から「裏側からできると聞いたのですけど、できないのですか?」という言葉をいただき、悔しい思いをしました。そこで藤田先生の門を叩くことにつながっていきました。それから早い物で30年の月日が経ち、アイ矯正歯科クリニックを開業して22年が経ちます。以来、この藤田先生が開発したブラケットを使用して治療を行っています。フジタメソッドと言われるこの治療法の特徴は、特殊なブラケットの形状にあります。一般の表側からの装置はワイヤーが1本しか入りません。しかし、「フジタメソッド」を用いたブラケットにはワイヤーが2本入れられる溝と中央に穴が開いています。今でもこの多機能なブラケットは進化を続けています。